炊き込みご飯。
取材の帰り際、そのお母さんは
僕ともう一人一緒に行った記者に2つ、
チラシで包んだ折り詰めを持たせてくれました。
中身は鶏肉の入った、
米粒に色はないけど、
とても味の染みた炊き込みご飯。
炊き込みご飯は
お母さんの息子さんの大好物。
仏壇の茶碗にもよそってありました。
息子さんは事件に巻き込まれ亡くなりました。
この炊き込みご飯を作る時間は、
息子を近くに感じられる時間だそうです。
「これで腹ごしらえして、
取材頑張ります」
僕らはこんな言葉を吐いて折り詰めを
手にして家を後にすることしかできませんが
「作りすぎてですね」というお母さんの言葉を思い出すと、
門扉を出て数歩でとても苦しくなる。泣きたくなる。
犯罪被害者の遺族にとって僕らは時に
敵であり憎しみの対象です。
しかし、事件から時間が経ったとき、
今だから言いたいことがある。
そんな声を拾うのも私達の役目です。
でも、折り詰めと、
息子さんが好きだった缶コーヒーを
持たせてくれるお母さんの前では、
社会正義もジャーナリズムもなし。