尾谷 いずみ
尾谷いずみ
TKUアナウンサー 尾谷いずみ Izumi Otani

荒木さん

いまどこにいますか?

 

9月1日、『みんなのニュース』で荒木さんの追悼VTRを放送しました。

私はVTRの制作を担当しました。

それはこれまで経験したことのない辛い作業でした。

泣きながらの編集でした。

だけど荒木さん、

荒木さんがこれまで積み重ねた中からこれこそが荒木さんだという素材を探し出して、見直して、つないでいく作業は、荒木さんとの思い出と向き合う時間にもなりました。

 

20代、30代の荒木さんは、主にスポーツ取材に情熱を傾けていましたね。

私が記憶している最も若い頃の荒木さんは30歳前後の姿でしょうか。

「スポーツ新聞社で記者になるか、テレビ局でスポーツ実況のできるアナウンサーを目指すかで、俺はテレビ局を選んで熊本にやってきたんだ」と、まだ駆け出しだった私に語ってくれました。その瞳はキラキラしていました。

そして野球や相撲や、様々な競技の取材とともに、取材対象の一人一人と深く関わっていく荒木さんの姿勢から、私はスポーツスピリットのひとつひとつを学んでいった気がしています。

 

『若っ人ランド』で高校生と全力で触れ合う荒木さんの姿もVTRには盛り込ませていただきましたよ。

レスリングのユニホームを着ていろいろなことに挑戦した荒木さん。

ボートに乗っては川に落ち、相撲のまわしをつけて向かっていっては投げられ・・。こんなアナウンサー、どこにもいません。最高です。

これらのシーンをつなぐ時は、みんなで笑って泣きました。

 

夕方の『スーパーニュース』で荒木さんは私と一緒に並んでニュースを伝えました。

荒木さんはいつも「尾谷ちゃんのやりやすいようにやって」と、先輩が隣にいるプレッシャー、のようなものは微塵も感じさせない人でした。

だけど、おしゃべりが大好きな荒木さんは、時にCMの間もずっとしゃべり続け、笑い声の残響の中でCMが明けることもしばしば・・。

私は(も~荒木さん、勘弁してくださいよ~)と心の中で叫びながら必死で笑いをかみ殺しニュースを読みました。それも1度や2度ではありませんでしたよね。

懐かしい思い出は尽きません。

 

いつも元気で明るくて、とにかく人が好きで、時にお調子者、でも誠実で素直な性格で、誰からも愛された荒木さん。

熊本が誇る、唯一無二のアナウンサー。

今まで言ったことはなかったけれど、大好きです。

私たちがこれまでのびのびと仕事ができていたのは、荒木さんがつくってくれていた雰囲気や環境があったからだと、今ようやく気付いた私です。

荒木さんがいなくなって初めてそんな重要なことに気付くなんて、私は本当に馬鹿です。

荒木さんがいる日常は、当たり前のものだと思っていました。

こんな日がくるなんて考えたこともありませんでした。

荒木さんに感謝の気持ちを伝えたい。

けれど、どうしたらいいのかわからない。

もう一度、荒木さんの声が聞きたい。

夢でもいいから会いたい、それが今の私の願いです。

 

社内にいると、今も荒木さんの声が、笑い声が、どこからか聞こえてくるような気がして、私の心は、まだどこかふわふわとしています。

 

荒木さん、いまどこにいますか?

 

 

 

 

 

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