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熊本地震から5年 あの日・・今振り返る4.16

国内の観測史上初めて2度の震度7の揺れに見舞われた熊本地震。
その2度目の地震から16日で5年です。
あの時、私たちはこの激しい揺れは14日の地震の余震だと思っていました。
益城と西原で震度7。
のちに「本震」と呼ばれることになったこの地震を振り返ります。
それは最初の大きな揺れから28時間後、相次いだ余震もようやく落ち着いてきたと感じられた未明のことでした。
熊本市北区にあるテレビ熊本も一瞬で電気が消え、散乱した物で足の踏み場もない状態になります。
【FNN取材団 関西テレビ 坂元 龍斗アナ】
「午前1時半です。今熊本市内のホテルにいます。5分ほど前にドカーンと揺れまして揺れで思わず起き上がりました。おーいま揺れていますね。ものすごく揺れています。横に強く揺れています。前後、横、四方に揺れています」
【益城町役場 職員】
「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」
「震度6強、震度6強」
「はい」
最初の地震で、すでに甚大な被害が出ていた益城町では、再び襲った大きな揺れに壊滅的な被害となります。
【大分からボランティアで来ていた男性】
「死ぬかと思った。助かったー」
また14日の地震のあと熊本に入っていた、フジテレビ伊藤キャスターのクルーは西原村へと向かいます。
【FNN取材団 フジテレビ 伊藤 利尋キャスター】
「いま消防隊員に背負われて、男性が1人救出されました」
一方、そのころ熊本市では。
【水谷 誠希カメラマン】
「河原町です。地震で建物が崩壊しています」
【FNN取材団 鹿児島テレビ 稲田 浩成記者】(西区出町)
「熊本市内の7階建てのマンションではこのように駐車スペースが完全につぶれてしまっています」
また東区にある市民病院が倒壊の恐れがあるとして、入院患者の搬出を始めます。
【郡司 琢哉アナウンサー】
「熊本市東区の湖東中学校です。ここから車ですぐの所にある市民病院で、地震による被害が大きく出ました。ガラスが割れたり物が落ちてきたりということがあったということで、入院患者約60人がこちらの中学校の体育館に移されています」
【熊本市民病院 看護師】
「患者さんのところに行ったら、床頭台とかテレビ台が全部患者さんのベッドにもたれかかり、患者さんのベッドもあっちこっちに移動している状態でした」
屋外にいる避難者の体温を奪う冷え込みとなったこの日、東の空から太陽が昇ると徐々に被害の全容が明らかになります。
【FNN取材団 テレビ西日本 田久保 尚英アナウンサー】
「阿蘇大橋があった場所ですが、大規模な土砂崩れで阿蘇大橋が橋脚もろとも壊されています。阿蘇大橋は全く姿が上空から見えません」
「少ない人間でマンパワーで、がれきを取り除きながら声をかけている様子も見えますので、ひょっとしたら声の反応があるのかもしれません」
またライフラインの寸断も人々の日常を奪いました。
携帯電話がつながらなくなった南阿蘇村では、公衆電話に行列ができ、熊本市では災害による初めての断水を経験します。
避難所に多くの人が詰めかけた一方で、土曜日にもかかわらず街中は人も車もまばらです。
結局4月16日までの3日間で震度6弱以上の揺れは7回観測。
そして最も被害の大きかった本震の最大震度が『7』だと分かったのは、地震から4日後のことでした。

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