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近代医学の礎を築いた北里柴三郎に辞令交付?貴重な史料を発見(熊本)

近代医学の礎を築いた細菌学者・北里柴三郎に関する貴重な史料が出身地の小国町で見つかりました。
軍人を志していた北里が医学の道に進むことになったきっかけを裏付ける貴重な史料です。

発見されたのは明治3年、当時17歳だった北里柴三郎が小国地域の教師、および役所の見習いに採用されたことが記された、いわゆる辞令の写しです。
北里は『柴』の字を地元では草冠の『芝』を使っていたとみられる小国町が保存していた明治初期の人事関係記録から見つかりました。

明治維新の頃の地域の変化について20年にわたり研究している熊本大学永青文庫研究センターの今村 直樹准教授が2000点にわたる小国町の古文書を調査していたときに偶然見つけました。

北里柴三郎は明治2年に熊本藩の藩校『時習館』に入校。
しかし、翌年7月には藩校が廃止に。

明治4年2月に医学校に入学するまで北里の動向を示す史料が少なく空白の期間となっていました。

【熊本大学永青文庫研究センター今村 直樹准教授】
「その半年間、実際、何をやったのか分からなかったが、今回、辞令の写しが見つかったことで実際に小国で北里が教師の後任、および役所の見習いに採用されていたことが分かった。これは初めて明らかになった事実です」

また、これまで北里が軍人になることを辞め、医学の道に進むことになったのは
『安田 退三』という役人が大きく影響したことが分かっています。

しかし、安田との接点を裏付けるものがありませんでした。

【熊本大学永青文庫研究センター今村 直樹准教授】
「安田退三のところで役所の見習いに採用するとこれで安田と柴三郎との出会いが
裏付けられたということになります」「柴三郎の人生の転機大きな転換を与えた貴重な史料」

青年期について余り知られたなかった北里柴三郎。
新たな履歴の証明がふるさとに残っていました。

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